傀儡の恋

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 オーブは壊滅――と言っていいだろう――したものの、マスドライバーを破壊されたせいか、地球軍の動きは鈍い。
 幸いと言っていいのか。自分の体調も悪くはない。そう言う理由で、ラウはギルバートの願いを叶えることにした。
「……ここには二度と足を踏み入れたくはなかったのだがね。ギルの計画に必要だというのであれば、仕方があるまい」
 それに、とラウは心の中で呟く。少しだけ思い出に浸ってもいいのではないか。
 次第に近づいてくるメンデルを見つめながらそう考えたのだ。
 しかし、だ。
 まさかここで彼らに会うとは予想もしていなかった。
 可能性としては決して低くはない。そして、アークエンジェルをはじめとした艦艇を隠せる場所などそう多くはない。
 しかし、よりにもよってここを選ぶとは。まるで誰かに導かれたかのようだ。
「皮肉なものだな」
 そう呟くと同時に、ラウは彼らとの戦闘に突入した。

 そのまま彼らを振り切ってこの研究所へとやってきたと思っていた。
 しかし、そうではなかったらしい。目的のものを持ってこの場を離れようとした彼はこちらに向かってくる人影に気がついた。

「……あっ」
 予想外のことに、一瞬、思考が停止する。
 だが、考えてみれば当然か。つい先ほど、外で戦闘をしたばかりだ。おそらく、自分を追ってきたのだろう。
「あの男の判断だろうな」
 余計な事を、とラウは本気で吐き捨てる。
 追ってくるなら、一人で来ればいいのだ。キラを巻き込まなくてもいいだろう。
 だが、とため息をつく。
 今ここで顔を会わせたのも一つの運命だ。だから、彼らに真実を伝えてもいいのではないか。
 そうすることで、キラがはどれだけ母親に望まれて生まれてきたのかを理解できるだろう。そして、ムウはどれだけ自分が彼を憎んでいたかを知るはずだ。
 同時に、自分に対し怒りを感じるのではないか。その結果、最後まで自分を追いかけてくるはずだ。
「間違いなく憎まれるだろうがね」
 それでも自分と言う存在を記憶の中にとどめていてくれるならばそれでいい。
「では、彼らをあそこに案内しないといけないな」
 その方法はいくつも思いつく。それを組み合わせていけば大丈夫だろう。
 ただ、あの男は邪魔だ。しかし、ここで排除するわけにはいかない。
 真実を知ったキラがどうなるか、わからないからだ。あの子を安全な場所まで連れ戻ってくれる存在は必要だろう。
 そんなことを考えているうちに、目的の場所にたどり着いた。
「懐かしいかね、キラ君! 君はここを知っているはずだ」
 明確な記憶としては残っていなくても、だ。それが彼にとっては不幸かもしれない。
 そして、それを突きつけるは自分だ。
 さらにキラを誘導するために引き金を引く。そのうちの一発がムウをかすめたのは偶然とは言え、都合がいい。
「ムウさん!」  ただ、彼がムウを心配する姿を目にした瞬間、いらだちがわき上がってくるとは思わなかった。
「君は人類の夢……最高のコーディネイター。そんな願いの元に生み出されたヒビキ博士の人工子宮。それによって生み出された唯一の成功体」
 そのいらだちをぶつけるように言葉をたたきつける。同時に、キラの顔から血の気がひいていく。
「あまたのきょうだいの犠牲の上にね」
 そんな彼の姿を目にして良心がうずかないわけではない。それでも、ここでやめるわけにはいかないのだ。そう自分に言い聞かせる。
 全ては、最後の審判のために。
「何を知ったとて! 何を手にしたとて変わらない!!」
「貴様ごときが偉そうに!」
 ラウの言葉を遮るかのようにムウが叫ぶ。
「私にはあるのだよ!」
 本当に邪魔な男だ。そう思いながら言い返す。
「私は貴様の父! アル・ダ・フラガの出来損ないなのだからな!」
 あの男がバカな野望さえ抱かなければ……そして、自分の存在を否定しなければ、このようなことにならなかった。
「まもなく最後の扉が開く。私が開く」
 あるいは真実がわかったときにその手で自分を殺せばよかったのだ。
「そして、この世界は終わる」
「そんなこと、させるものか!」
 キラの怒りは予想していたものだ。しかし、素顔をさらすつもりはなかった。
 ラウの顔を見た瞬間、キラの表情が今までとは別の意味でこわばる。
 今が潮時だろう。
「もう誰にも止められはしないさ。この宇宙をおおう憎しみの渦は、な」
 この言葉とともにラウは身を翻す。そして、その場から駆け出した。
 さりげなく用意しておいたヴィアの日記を落としておいたが、彼は拾ってくれるだろうか。不安があるとすればそれだけだ。
 それを確かめに戻ることは出来ない。
 種はまいた。それだけで十分ではないか。
「後は、君次第だよ」
 そう呟く声は、ラウの足音にかき消された。

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最遊釈厄伝